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ファイナンシャルプランナーの無料相談を受けた。

2011
28
July

ファイナンシャルプランナーが保険の無料相談をやっていることがよくある。ファイナンシャルプランナーだから中立な立場にたってくれるのかと思いきや、結局、保険の代理店の職員がファイナンシャルプランナーを取っているというだけであり、あんまりためになる話はなかった。ファイナンシャルプランナーもいろいろなことをしているものだと思った。
 東日本大震災の後、仙台市内の書店で死生観や心に関する書籍の売り上げが伸びている。震災前と比べて数十倍売れた本もある。書店は「悩んだり癒やしを求めたりしている人が多いのでは」と推測する。
 JR仙台駅前の「丸善仙台アエル店」。入り口近くに設置した平積み台と棚には震災関連本の横で、ドイツ・ナチス政権下の強制収容所での極限状態を生き延びたビクトール・フランクルの「夜と霧」などがずらりと並ぶ。「人生」「苦しみ」「愛」がキーワードの表紙が多い。奥の売り場では遺言の書き方や精神病理の本が平積みだ。
 売り場担当の鈴木典子さん(33)は「ビジネス関連本の棚が、震災や心に関する本に入れ替わった」と説明する。避難所から家族で来て防災や心のケアに関する本などをまとめて10〜20冊買ったり、宗教本を取り寄せる人も珍しくないという。
 防災と精神医学などの計4冊を買った塩釜市の看護師、今野千恵子さん(56)は「被災後に『死にたい』という患者さんもいる。仕事と自分自身のために買いました」と話していた。【丸山博】

5月30日朝刊

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 東日本大震災を記録する防災科学技術研究所(茨城県つくば市)のプロジェクトに、気仙沼市のアマチュア写真集団「鼎(かなえ)」(11人)が、約35年にわたり撮影した市内の写真数百枚を提供することになった。三陸沿岸は津波でかつての風景が失われ、震災前の写真は貴重な資料。「鼎」の佐々木徳朗代表(75)は「津波の恐怖を後世に伝えることは亡くなった人のためにもなる」と話す。
 同研究所は文部科学省所管の独立行政法人で、プロジェクト名は「311まるごとアーカイブ」。被災地の過去、現在、これからを記録し、防災教育や復興に役立てようと計画された。
 震災前に撮影された写真や動画の多くは津波で失われたが「鼎」は写真展や図書館で展示してきた作品をほぼ丸ごと保存。中には1989年と2008〜09年に活動の一環として気仙沼市内129カ所で撮影した町並み写真もある。
 佐々木さんは記録写真にこだわり、農家の暮らしや沿岸部の風景をテーマに年間数千枚を撮影。これまで写真集3冊を自費出版した。震災では親戚2人が津波に流されたが、撮りためた写真が被災した古里のためになると考え、メンバーで話し合ってプロジェクトへの提供を決めた。「今後は生まれ育った気仙沼の復興を記録したい」と語る。
 集められた写真や動画は5月末に開設されるホームページ(HP)に順次アップされる予定。プロジェクトリーダーでもある同研究所の長坂俊成・主任研究員は「一度失われた地域の伝統や文化を後世に伝えていく意義はある」と動画や写真提供を求めている。問い合わせは同研究所(029・863・7546)。研究所HP(http://www.bosai.go.jp/)でも募集している。【深津誠】

5月30日朝刊

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 ◇東京の学生らシステム開発
 避難所にいる被災者に行政情報などを伝達する大型モニターが29日、角田市小山山入の市老人福祉センターに設置された。同センターは山元町民らの2次避難場所になっており、「情報過疎」に陥りがちな避難者にいち早く必要な情報が伝えられる。
 設置したのは、情報や広告に関心のある東京都内の大学生らが被災地支援のために組織した「ライフ・ツイート・プロジェクト」。呼び掛けに応じたプログラマーらとともに、自治体の情報が自動的にモニターに反映されるシステムを作り、地元で自治体広報誌の印刷などを手掛ける仙台市の今野印刷(橋浦隆一社長)の協力を得て設置した。
 モニターには、生活情報や各種被災手続きの行政情報などが随時文字で映し出され、世界各国からフェイスブックなどを通じて寄せられる激励メッセージも流される。これまで同センターには、山元町の職員が2日に1回の割合で足を運んでいたが、モニター設置で町の情報をいち早く届けられるようになる。
 設置に協力した今野印刷の吉田孝志さん(48)は「情報に触れることで少しでも不安を解消してくれればうれしい」。センターに避難している山元町の無職、門間進さん(68)は「補償の問題などは切実。情報がすぐ近くにあるのはありがたい」と話していた。
 設置に必要な費用は同プロジェクトがホームページでの募金でまかなった。モニター設置は多賀城などに続き6カ所目。プロジェクトのホームページはhttp://www.ltpj.org/#p0。【前田洋平】

5月30日朝刊

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